金利が上がれば「買っていい価格」も変わる―不動産投資から考える、株式にも共通する新しい投資基準
不動産価格の上昇、借入金利の上昇、保険料や修繕費の増加、そして以前より厳しくなった融資。
低金利が長く続いた日本でも、投資を取り巻く前提が少しずつ変わっています。
楽待新聞が2026年8月15日に掲載した不動産投資家・石原博光氏へのインタビューでは、その変化を象徴する興味深い考え方が紹介されていました。
以前は、
表面利回り13% − 諸コスト5%程度 = 実質利回り8%
を一つの目安としていたものの、現在は金利や保険料などの上昇を考慮し、差し引くコストを8%程度まで引き上げる必要がある。そのため、同じ実質利回り8%を確保しようとすれば、表面利回りでは16%程度が必要になる、というものです。
もちろん「表面利回り16%」は、すべての不動産に使える絶対的な基準ではありません。立地、築年数、修繕状況、融資条件、空室率などによって必要な利回りは大きく変わります。
それでも、この話には不動産だけでなく、株式、REIT、債券、そして現在のAI投資にも共通する重要な原則があります。
それは、
金利が変われば、投資家が要求すべきリターンも変わる
ということです。
1.「金利のある世界」では、同じ価格でも価値が変わる
不動産のイールドギャップと、株式のイールドスプレッド
不動産と株式は、一見するとまったく違う投資に見えます。
しかし、資産価値を考える基本構造はかなり似ています。
| 不動産 | 株式 |
|---|---|
| 家賃・NOI | EPS・FCF |
| 物件利回り | 株式益回り |
| キャップレート | PERなどのバリュエーション |
| 借入金利 | 国債利回り・企業の調達金利 |
| LTV | 財務レバレッジ |
| 空室・修繕 | 業績悪化・設備投資負担 |
| 借り換え | 社債・融資のリファイナンス |
結局どちらも、
「その資産がどれだけキャッシュを生むのか」
と、
「そのキャッシュフローに対して、今いくら払うのか」
を比較しています。
低金利時代には、安全資産から得られるリターンが非常に小さかったため、投資家は株式や不動産に高い価格を払いやすい環境にありました。
しかし金利が上昇すると、この関係が変わります。
実際、日本銀行は2026年4月の金融システムレポートで、不動産価格が大都市圏を中心に上昇を続ける一方、不動産のリスクプレミアムを示唆するイールドギャップは低下傾向にあると指摘しています。
さらに同じレポートで、株式についても、金利上昇によって**「株式期待益回り-10年国債利回り」のイールドスプレッドが幾分縮小している**と分析しています。
これはかなり重要です。
資産が不動産であっても株式であっても、
「安全資産よりどれだけ高いリターンを得られるのか」
という比較から逃れることはできません。
PER20倍の意味も金利によって変わる
例えばPER20倍の株式は、単純化すると益回りは約5%です。
国債利回りが1%なら、その差は約4%あります。
しかし国債から4~5%近いリターンを得られる世界になれば、同じPER20倍でも、
「なぜ企業業績のリスクを取ってまで5%の益回りを選ぶのか」
という問いが生まれます。
したがって、
金利が変わったのに、以前と同じPERを「割安」と判断してよいのか
という視点が必要になります。
これは現在の高PERなAI・半導体株を考えるうえでも非常に重要です。
成長しているから高PERでよい、ではありません。
現在の金利水準に対して、その成長率にいくらまで払えるのか。
ここまで考えて初めてバリュエーションになります。
2.資金調達コストの上昇は、レバレッジの意味を変える
国内の長期貸出金利は明確に上昇している
「日本でも金利が上がった」と言っても、感覚だけでは分かりにくいかもしれません。
日銀の貸出約定平均金利を見ると、国内銀行の新規・長期貸出金利は、
2020年6月:0.854%
2025年6月:1.359%
2026年6月:1.944%
まで上昇しています。
これは個々の不動産投資ローン金利そのものではありませんが、企業や投資家を取り巻く資金調達環境が、数年前とは明らかに違うことを示しています。
レバレッジは利益だけを増幅するものではない
低金利時代には、
少ない自己資金
+ 大きな借入
+ 資産価格上昇
によって、レバレッジが自己資本利益率を大きく押し上げました。
ところが金利が上昇すると、
借入金利上昇
+ 返済負担増加
+ 資産価格の伸び鈍化
によって、同じレバレッジが逆方向に働き始めます。
楽待の記事で「頭金を2~3割入れることをネガティブに考える必要はない」としているのも、このためです。
借入額そのものを減らせば、金利上昇に対する耐久力は高まります。
そして、この考え方は企業分析にもそのまま使えます。
例えば同じAI関連企業でも、
FCFを使って設備投資できる企業
と、
社債、融資、リース、プライベートクレジットに頼って設備投資する企業
では、金利上昇時の耐久力がまったく違います。
AI需要があるかどうかだけでなく、
「その成長を誰のお金で実現しているのか」
まで見る必要があります。
3.本当に怖いのは「返済できないこと」より「借り換えられないこと」
バルーン融資から見えるリファイナンスリスク
楽待の記事では、満期時に一定額の残債を、
一括返済する
再融資する
物件を売却する
ことで処理する「バルーン融資」の経験も紹介されています。
ここで重要なのは、この仕組みが、
将来も資金調達や売却ができること
を前提としている点です。
現在のキャッシュフローに問題がなくても、
金利が上がる
融資基準が厳しくなる
資産価格が下がる
収益性が悪化する
という環境で満期を迎えれば、借り換えが成立しない可能性があります。
これがリファイナンスリスクです。
米国でもCREの借り換えは金融安定上の論点
FRBも2026年5月のFinancial Stability Reportで、米商業用不動産(CRE)の価格は安定化してきた一方、今後の借り換え需要に伴う脆弱性は残っていると指摘しています。
借り換えができない借り手による不動産の投げ売りが発生すれば、価格や金融機関へ波及する可能性があるためです。
FRB「Financial Stability Report May 2026」
この視点は、今後AIデータセンター投資を考えるうえでも重要です。
現在はAI期待が強く、巨額の資金を集めることができても、数年後に債務の満期が到来した際、
AI設備から十分なキャッシュフローが生まれているか
金利はどの水準にあるか
市場は再び融資してくれるのか
によって状況は大きく変わります。
信用市場の問題は、「今日払えるか」だけではありません。
「満期の日にも資金を調達できるか」
まで見なければいけません。
4.高利回り・低PERには「理由」がある
利回りが高ければ割安、ではない
表面利回り16%や20%の不動産は、一見すると非常に魅力的です。
しかし、その利回りには理由があります。
築古、地方、空室、修繕、災害、融資の付きにくさ、出口の難しさ。
つまり高利回りの一部は、投資家が負担するリスクプレミアムです。
これは株式の低PER・低PBRにもそのまま当てはまります。
PER5倍だから割安とは限りません。
市場が、
「現在の利益は続かない」
と判断しているからこそ5倍なのかもしれません。
したがって投資で探すべきなのは、
単に利回りの高い資産ではなく、市場が織り込んでいるリスクより実際のリスクが小さい資産
です。
株式なら、
市場予想よりEPSが伸びる企業。
不動産なら、
市場が想定するほど空室・賃料・地域衰退リスクが大きくない物件。
ここに分析する意味があります。
金利が上がっても、不動産が全部下がるわけではない
さらに面白いデータがあります。
日本不動産研究所の2026年4月調査では、東京・丸の内/大手町のオフィス期待利回りは3.2%で7期連続横ばいでした。
また「今後、新規投資を積極的に行う」と回答した投資家は93%。
金利上昇による不動産投資市場への影響についても、**68.2%が「影響はなく、変化は生じていない」**と回答しています。
つまり、
金利上昇=不動産全面安
でもありません。
家賃を上げられる物件、需要が強い地域、供給制約のある優良物件には資金が残る。
ここでも結局、選別が起きます。
5.価格だけではなく「内部」を見る
住宅市場では在庫と成約件数にも変化
不動産市場を見る際、価格だけを見ていると変化を見落とすことがあります。
東日本REINSによると、2026年4~6月期の首都圏中古マンションでは、
成約件数:前年比2.0%減
在庫件数:同3.5%増
成約価格:前年比0.2%増
前期比では5.3%下落
となりました。
価格は前年比ではほぼ横ばいです。
しかしその裏側では、成約件数が減り、在庫が増えています。
これは株式市場で、
指数は高値なのに、上昇銘柄が減っている
ような状況を見るのに少し似ています。
表面的な価格だけではなく、
その価格で本当に取引が成立しているのか
を見る必要があります。
東日本REINS「Market Watch 2026年4~6月期」
J-REITは実物不動産より早く金利を織り込む
不動産市場を投資家目線で観測するなら、J-REITも非常に便利です。
ARESによると、2026年7月末のJ-REITは、
平均予想分配金利回り:4.97%
平均NAV倍率:0.86倍
となっています。
つまり上場REIT市場では、保有する不動産の純資産価値に対してディスカウントが生じています。
さらに2026年8月のARESレポートでは、京阪プライベート・リートが解散・清算に進んだ事例も紹介されています。
その理由として、私募REIT間の資金調達競争に加え、近年の金利上昇などによって成長が困難になったことが挙げられています。
これは「金利上昇によって資金調達環境が変わる」という話が、すでに現実の事例として現れ始めていることを示しています。
金利のある世界では「値上がり」より「収益力」を見る
今回の楽待の記事から持ち帰るべきなのは、「表面利回り16%の物件を買おう」という結論ではありません。
重要なのは、
投資環境が変われば、投資基準も変えなければならない
ということです。
低金利時代には、
資産価格が上がる
↓
担保価値が上がる
↓
借りやすくなる
↓
さらに資産を買える
という好循環が、多くのリスクを覆い隠しました。
しかし金利が上昇すれば、
キャッシュフロー
資金調達コスト
レバレッジ
リファイナンス能力
出口価格
が再び重要になります。
これは不動産だけではありません。
株式、REIT、企業債務、プライベートクレジット、そして巨額のAI設備投資も同じです。
資産価格が上がっているから安全なのではありません。
その資産が生み出すキャッシュフローに対して、現在の価格と金利が妥当なのか。
金利のある世界では、この基本に戻る必要があります。
Take-home message
1.金利が変われば、「買っていい価格」も変わります。
低金利時代と同じPER、同じ不動産利回りを、そのまま割安の基準として使うことはできません。
2.高利回り・低PERは、それだけでは割安を意味しません。
重要なのは、市場価格が織り込んでいるリスクと、実際のリスクとの違いを見つけることです。
3.これから重要になるのは、価格よりキャッシュフローです。
どれだけ稼げるのか。その利益を生み出すために、どれだけ借りているのか。そして満期になったときにも資金調達できるのか。金利のある世界では、この部分が資産価値を大きく左右します。
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